9. 心の病気と脳
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1. うつ病の症状
うつ病
気分障害(mood disorder)のひとつであり、うつ病相のみを示すもの
双極性障害: うつ病相と躁病相を繰り返すいわゆる躁うつ病
うつ病の精神症状
抑うつ気分、思考の抑制(制止)、微小妄想、精神運動抑制、不安・焦燥
例えば、抑うつ気分に相当する患者の訴えは、「気が沈む」「めいる」「落ち込む」「憂うつ」、思考の抑制は「考えが浮かばない」「考えが進まない」「決断力が低下」といったもの
誰しもこういった状態に陥ることはあるだろうと考えるかもしれないが、うつ病との診断がなされるのは以下のうち5つ以上が存在し、これらが2週間以上続くものとされる(DSM-5)
1) 抑うつ気分
2) 興味または喜びの喪失のいずれか
3) 体重減少あるいは体重増加(または食欲の減退または増加)
4) 不眠あるいは過眠
5) 精神運動性の焦燥または制止
6) 易疲労性または気力の減退
7) 無価値感、罪責感
8) 思考力、集中力の減退/決断困難
9) 死についての反復試行、自殺念慮、自殺企図
うつ病に関する心理・社会的因子
病前性格(樋口・本橋, 2000)
循環気質
1) 社交的・善良・親切・情味深い
2) 明朗・ユーモアに富む・活発・熱しやすい・陽気で快活で人付き合いがよい
3) 静か・落ち着いている・物事を苦にするより深く悲しむ
執着性格
仕事熱心・凝り性・徹底的・正直・几帳面・強い正義感・責任感・ごまかせない・ずぼらができない
状況因
仕事の疲労、職務異動、異性関係、家庭内葛藤、近親の病気・死、経済問題、環境変化、引っ越し、精神的打撃、緊張解消、身体疾患、妊娠・出産・月経・対人関係など多岐にわたっている
2. うつ病の薬理
うつ病の生物学的因子ついて、抗うつ薬として用いられてきた薬剤の作用に基づいて考える
現在用いられた抗うつ薬の多くは、うつ病のモノアミン欠乏仮説(モノアミン仮説)にのっとって創薬されたもの
モノアミン
カテコルアミン
ドーパミン
ノルアドレナリン
アドレナリン
セロトニン
うつ病についてはモノアミンのうち特にセロトニンとノルアドレナリンの関与が深いと考えられ、それらが欠乏している状態がうつ病であるとする説
うつ病のモノアミン欠乏仮説が生まれることになった1950年代の3つの発見
1) 結核の治療薬として用いられたイプロニアジドという薬物を服用した人に抗うつ効果が認められた
イプロニアジドはモノアミン酸化酵素(monoamine oxidase:MAO)を阻害するという薬理作用を有する
モノアミン酸化酵素はモノアミンを分解する酵素であるから、これを阻害することによりシナプス間隙のモノアミン濃度は上昇し、これが抗うつ効果につながったと考えられた
2) 統合失調症の治療薬として開発されたイミプラミンを服用した人に抗うつ効果が認められた
イミプラミンは、モノアミンを神経伝達物質として放出するシナプス前部に存在するモノアミントランスポーターを阻害するという薬理作用を持つ
つまり、このトランスポーターが阻害されることによってシナプス間隙のモノアミンがシナプス前部に取り込まれにくくなり、結果としてシナプス間隙のモノアミン濃度が上昇したことが抗うつ効果につながったと考えられた
3) 高血圧の治療に用いられた薬物レセルピンを服用した人が、うつ状態に陥ることがあった
レセルピンの薬理作用は、軸索終末部のシナプス小胞のモノアミンを枯渇させることだった
つまり、モノアミンを神経伝達物質として放出する神経細胞の軸索終末部が脱分極してエクソサイトーシス(エキソサイトーシス)が生じたとしても、モノアミン放出量が十分ではないということになり、シナプス間隙のモノアミン濃度が減少したことがうつ状態を引き起こしたと考えられた
モノアミントランスポーターを阻害する薬が主に抗うつ薬として使われている
イミプラミンをはじめとする初期の(第一世代の)抗うつ薬は、その化学構造から三環系抗うつ薬と呼ばれる
その次の第二世代薬として、三環系のほか四環系の抗うつ薬も用いられた
しかしこれらの抗うつ薬にはいくつかの副作用が知られている
抗コリン性のもの(口渇・便秘・尿閉)
抗ヒスタミン性のもの(鎮静・眠気)
抗アドレナリン性のもの(起立性低血圧)
けいれんなど
現在用いられている抗うつ薬はこれらの副作用が低減しているとされる
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SSRI(selective serotonin reuptake inhibitor:選択的セロトニン再取り込み阻害薬)
セロトニントランスポーターのみ選択的に阻害する
SNRI(sreotonin and noradrenaline reuptake inhibitor:セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)
セロトニントランスポーターとノルアドレナリントランスポーターの両方を阻害する
抗うつ薬は、約60%のうつ病患者に効果があるとされている
さらに多くの患者に効果のある医薬品を開発するには、モノアミン欠乏仮説がどこまで正しく、どの点で問題があるのかを明らかにする必要があろう
これまでの研究により、モノアミン欠乏仮説と矛盾する初見も報告されている
1) 患者の血液や脳脊髄液におけるモノアミン濃度はあまり低くない
2) モノアミンの前駆物質や、モノアミン神経伝達増強薬を投与しても抗うつ効果は見られない
3) 抗うつ薬の服薬を開始してから抗うつ効果が得られるまでに遅延がある
トランスポーターを阻害するという薬理作用は抗うつ薬服用後速やかに得られるはずなのに、実際には患者が毎日抗うつ薬を2週間以上続けて服用して初めて抗うつ効果が見られる
このことは、抗うつ薬がトランスポーターを阻害することによって生じる2次的・3次的な脳内変化が抗うつ効果を得るのに重要なのではないか、ということを示唆している
モノアミン欠乏説に代わる/補足する仮説はいくつか提出されている
セカンドメッセンジャー不均衡仮説
シナプス後部に代謝型受容体が存在し、細胞内のセカンドメッセンジャーとして様々な物質が関与しているが、この仮説はアデニル酸シクラーゼ(AC)という酵素が活性化することに始まる信号経路の働きがうつ病患者で低下しているという知見に着目したもの
うつ病患者ではアデニル酸シクラーゼが合成する環状AMP(cyclic AMP:cAMP)の産生が減少し、タンパク質リン酸化酵素A(protein kinase A:PKA)の活性が弱まっており、他のセカンドメッセンジャー経路であるホスホリパーゼC(PLC)という酵素に始まる信号経路に比べて劣勢
抗うつ薬を毎日服用し続けると、何らかの機構により、徐々にこのAC系とPLC系のバランスが取れてきて、これが抗うつ効果につながるとする説
ストレス脆弱性仮説
うつ病患者においてHPA軸に含まれるホルモン(CRHや糖質コルチコイド)の濃度が上昇していることに着目した仮説
何らかの人生早期のストレスによって、ストレスに対する脆弱性が形成され、新たなストレスが発病の誘因となってHPA軸を活性化されたときの糖質コルチコイドによるフィードバック機構がうまく機能しなくなっていると考える
今後の抗うつ薬に求められる条件
副作用がない
即効性がある
服用しやすい
難治性のうつ病にも有効
3. 統合失調症の症状とドーパミン仮説
統合失調症(schizophrenia)
わが国ではかつて精神分裂病という名称で呼ばれていた疾患
2002年に名称変更
統合失調症の症状
陽性症状
多くの人がふつう持たないような異常な心理現象
幻覚(幻聴、幻視)、妄想(被害妄想、誇大妄想)、自我障害(自我漏洩体験、作為体験)
陰性症状
ふつうの心理機能が減少したり欠落したりした症状
連合弛緩、自閉、感情の平坦化、両価感情といったものが含まれる
抗精神病薬
統合失調症に対する治療薬
1950年代にクロルプロマジンという薬物が統合失調症に有効であることが報告された
ドーパミン仮説
クロルプロマジンの薬理作用は当初は明確ではなかったが、この薬の副作用としてパーキンソン状態(身体を前にかがめ、動作が緩慢で、手が大きく震えるような状態)が見られることがある
パーキンソン病はドーパミン作動性神経細胞の変性による疾患である
統合失調症はパーキンソン病とは逆にドーパミンによる過剰な伝達が原因であると推定された
ドーパミン受容体を阻害することが有効な治療法と考えられ、ドーパミン受容体のサブタイプのうちD2受容体を阻害することが抗精神病薬として重要であることが1970年代後半に判明した
様々な抗精神病薬の臨床上の効果とD2受容体遮断作用との関係をみると、両者には高い相関があった
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薬物の種類にかかわらず、D2受容体の遮断の程度と臨床現場での容量とが直線的に関係にあるということは、統合失調症にはドーパミン受容体のうちD2受容体の過活性が含まれることを示している
脳内でドーパミンを伝達物質として用いている部位のうち、特に中脳から辺縁系への神経経路(中脳被蓋野から側坐核に延びる経路)のシナプス後部にあるD2受容体を遮断することによって高精神病作用が生じると考えられている
ところが、脳内にはこの中脳から辺縁系の経路の他にもドーパミンを伝達物質として用いている経路がある
中脳から前頭皮質への経路
黒質から線条体への経路
視床下部から下垂体への経路
抗精神病薬の服用により、標的とする中脳辺縁系以外のドーパミン受容体も阻害していしまうことになる
中脳から前頭皮質への経路のドーパミン受容体阻害→陰性症状の悪化や思考貧困・感覚鈍麻
黒質からの経路の阻害→パーキンソン症状
視床下部から下垂体への経路の阻害→ホルモン分泌異常
初期の抗精神病薬(定型抗精神病薬)のもつ副作用を改善し、標的となる部位においてのみD2受容体を阻害することを狙った新世代の抗精神病薬(非定型抗精神病薬)が開発され用いられている
4. 統合失調症とグルタミン酸受容体
近年統合失調症とグルタミン酸系(特にNMDA受容体)との関連を示す知見が蓄積されている
NMDA受容体遮断薬の一つであるフェンサイクリジン(phencyclidine:PCP)投与により統合失調症様の症状が示される
また、生まれつきNMDA受容体の発現が抑制された遺伝子改変マウスは他のマウスとの社会的接触を避けるという陰性症状様の行動を示した(Morn et al., 1999)
統合失調症と関係が深いとされてきたドーパミン系と、このグルタミン酸系との関係
両者の関係を示唆する一つの例として、ラットの側坐核における細胞外ドーパミン濃度を5分おきにマイクロダイアリシス法により測定しながら、前頭葉を電気刺激した実験
前頭葉から側坐核にはグルタミン酸作動性の神経回路があり、前頭葉を電気刺激することにより側坐核にグルタミン酸が放出される
実験の結果、前頭葉を電気刺激した期間だけ、側坐核における細胞外ドーパミン濃度が減少した(Jackson et al., 2001)
ドーパミン仮説では、側坐核におけるシナプス後部のD2受容体の過活性が統合失調症を引き起こすと考えられている
側坐核におけるグルタミン酸の減少によってドーパミンの増加が生じるならば、この側坐核が統合失調症におけるドーパミン系とグルタミン酸系が出会っている脳部位かもしれない
薬物による統合失調症様症状の発現機序(仮説)
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→10. 生体リズムと睡眠